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ヤウンチー図書館訪問記

2005年2月19日(土曜日)、私はミャンマーのヤンゴンで、2003年にICLCが設置したヤウンチ (太陽の光の意)図書館を訪問する機会があった。ヤンキン教育大学の研修会に通訳として参加したDaw Aye Aye Thinn (エエティン)さんが、偶然このヤウンチー図書館が設置してある女子訓練センターの先生であったおかげで、ヤウンチー図書館への訪問が実現したのだった。女子訓練センターはヤンゴン市内の北部にあり、マリカ通りからよく見えるところに大きな看板がたっている。そこから少し小道に入ると、開け放たれた大きな門があり7エーカーもの広い敷地の中にこの施設がある。通常案内されるのは、校長の執務室のあるオフィスで、その向かいには、犯罪を犯した子ども、ストリートチルドレン、孤児など収容され、現在は335人の16才以下の女の子たちがここで生活している。

エエティンさんは、ヤンゴン大学を卒業後専門学校で英語を教えていたが、恵まれない子どもの役に立ちたいと英語教師の職を辞し、ある石油会社が女子訓練センターを助成するのに伴ない、この学校の教師に志願したそうだ。彼女の通訳のお陰で、ようやく女子訓練センターに住んでいる子供達の話を直接きくことができた。それぞれの子供たちが、それぞれに厳しい人生を送り物語をもっているとエエティンさんは言った。お茶をもってきてくれたサー・ネイ・マーという18歳の彼女は、とても細い女の子らしい子だ。しかし18歳とは思えないほど小さくかぼそい。彼女はこの施設に来る前のことは覚えていないという。何となく記憶の中に、兄がいたことを覚えているというが、7歳の頃自分が悪いことをしたからここに送られてきた、とこの施設にきたいきさつを話してくれた。それまでは「おばあさん」(と彼女が呼んでいる人)と一緒に暮らしていたが、最初にこの施設に連れられてきたときには、もうあの「おばあさん」のところにはもどれないと思ってとても悲しかったと言った。そしてインタビュー中に急に涙ぐみ始めてしまった。この施設にきて11年になるというのに、そのことを思い出すと涙がでてくるのだ。

彼女はこの訓練学校の一般の授業にはついていけなかったが、洋裁の授業が好きになり、自分でためたお金で中古ミシンを買ったとのことだった。「ミシンを買って最初に仕立てた服はどんなもの?」と聞いたら、「婦人もののブラウス」だといった。「だれかのため?」という質問に対しては、「自分のためのもの」だったと言ってはにかんだ。それで一同がなごやかな感じになった。 「辛いときや悲しいときはどうやって乗り越えるの?」と聞いたら、彼女は「泣くの」そして「寝てしまう」と答えた。また一番尊敬する人は「この施設を管轄している所管の大臣、校長、そして裁縫教室の先生」だという。彼女に実際的な能力を教えた裁縫教室の先生が、彼女の人生ではとても重要な位置をしめているらしい。「どんなことをするのが好き?」ときいたら、彼女は「幼い子供達の世話をするのが好き」と答えた。またどんな本がすきかという問いには、「短編物語集」などをあげていた。好きなときは? それは「自由時間」と答えた。 お茶をもってきてくれたときに、にこにこっと英語でしゃべっていた子どもがいた。髪の毛を短くきって、一見男の子のような感じの少女だった。名前は、エ・エ・ソオといい15~6歳に見えた。彼女は何年この施設にいるのか、自分が何歳なのかもよくわからないという。昔のことで覚えているのは、他の施設にいた時に、養子にもらいに来ようとした人がいて、彼女は激しく抵抗したので、その人はあきらめて帰っていったという話をしてくれた。その話をするときはいかにも辛そうだった。ここでの学校の勉強はついていくのが難しいらしい。どんな科目が好きかときいても、すぐには答えがかえってこない。6年生でドロップアウトした後に、彼女も裁縫を習ったという。彼女に悲しい場合にはどうやって乗り越えるの?と尋ねたら、「学校内を走り回ったり、友だちと思い切り遊ぶ」と答えた。彼女は踊りが上手なのだそうだ。どんな歌が好き?という問いに対しては、英語の歌でOne Little, Two Little, Three Little…..という学校に来て最初に習った歌が大好きだと教えてくれた。この話を聞きながら、訪問者も何かみんなに教えられるような歌やレパートリーをもっていたいものだと思った。彼女は前は医者になりたいと思っていたそうだが、今はこの学校の先生になり、特に幼い子供達の面倒をみていきたいと答えた。彼女が幼い時に受けたショックをどうやって乗り越えようかと今でも必死に闘っているような感じがした。明るい笑顔がとても印象的だったが、質問内容によってはすぐに暗い表情になり心の揺れを感じた。

この施設には335人の女子が生活しているが、その中で模範的な生徒として訪問者に紹介できる子どもたちは50人程度だという。孤児たちは校長をおかあさんと呼んでいた。一部身体に障害がある子どもも住んでいるそうである。高校を卒業できるのは年間2人だけしかいないそうだが、そのうちに一人を紹介してくれた。働きながら遠隔教育の大学にも通いたいといっている少女がいた。ヤウンチー図書館の管理をしている先生はDaw Aye Aye Khaiというやさしそうな先生だった。ヤウンチー図書館はよく利用されているらしく、子どもたちは楽しそうに読書をしていた。私たちの訪問にあわせて子供達を呼び、漫画を読ませているらしかったが、それでもよかった。子どもたちは我を忘れるような熱心さで漫画を読んでいた。

エエティンは、最近子供達をどのように指導していこうかに少し行き詰まるところもあるようだった。それで、今回ヤンキン教育大学で開かれたCCA(児童の欲求や環境を中心とした教授法)のワークショップに通訳として参加しCCAを学ぼうとしたのだという。今回の訪問を通じてヤウンチー図書館の存在をとても身近なものに感じた、さらなる充実に協力していきたいと思った。

黒川妙子

ヤウンチー図書館が設置されている施設
Training School for Girls
No.49 Malika Road, 6 1/2 mile, Mayangone Township, Yangon
95-01-660302

女子訓練センターについて(パンフレットの翻訳) 原文は英語

<背景>
1945年にカトリック修道会がつくった「少女の家」は、1962年に社会福祉局の管轄となり、名称も「少女の家」から「女子訓練センター」への名称変更された。
<目的>
この訓練センターの目的は下記のとおり
(1) 児童法(1993年)に基づき、16歳以下の子どもの保護、世話、発展などを与える。
(2) 教育や職業訓練などを与える。
(3) 社会参加や復帰のための活動を行う。
<収容>
学校の収容人員は300人となっている。3種類の子供達がここで生活しているが、その構成は以下のとおりである。
 (a) 5歳以上の孤児で、社会福祉省の孤児乳児院から移された子どもたち。
 (b) 6歳から16歳までの女子で、児童裁判所や社会福祉局から送られた子どもたち。
 (ストリートチルドレン)  (c) 社会的な問題や犯罪を犯した少女たち。

<事業内容>
食事、衣服、住居、健康、教育、職業教育、カウンセリング、リクリエーションなどを行う。
 (1) 教育省と連携して施設内で初等教育を与える。
 (2) 初等教育を終了した子どもたちを中学校や高校に送る。
 (3) 裁縫、刺繍、養鶏、菜園などといった職業教育を行う。
 (4) 収入源とするために、洋裁、菜園、養鶏などを行う。
 (5) 踊りの基礎レッスンを与える。
 (6) スポーツ活動を行わせる。
<社会参加>
 (1) 18歳以上の子供達は女性開発センターに移され、職業訓練や職探しを行う。
 (2) 保護権などが親戚や親に与えられ、社会復帰をめざす。


Give the Children a Chance
Give the children a chance If you can Remember you are able to
Light up their lives and
Shine a brighter future for them

Treat them kindly Recognize not only Abilities but also
Individual virtue in them
Needless to say, we, as teachers
Initiate the children into
Nation-loving citizens and
Girls of good character and ethics

See the girls who are waiting to receive
Care, concern, challenges
Hope, help, happiness
Opportunity, outlet, optimism
Of all the things they have craved for Love is the most essential!