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大さんしょううおについて、私はずっと以前から、かなり興味があった。さわったり、見たりしたことはないが、本を見てフアンになった。天平山小学校へ行くことが決まりそうな時、ここには、大さんしょううおがいるに違いないと思った。
頭の中で、物語をつくり、クレパスや、新聞紙などを使って、大さんしょううおを、いくつか描いてみたり、大さんしょううおを身体の隅々の生け
簀
に生かしておいた。長時間の山道を車で行く時、運転手さんにさんしょううおの事を聞いてみた。
「“娃娃魚”(‘ 娃娃’は、赤ちゃんの意味。さんしょううおの声は、赤ん坊の泣き声に似ているところから、中国語では‘ 娃娃魚’という。)かい?いるいる。」
「食べたことある?」
「あるよ。以前はよく食べた。おいしいよ。」
「今は?」
「へ、へ、食べないよ。(ウソっぽい。)今は保護魚になってるだろう?」
大さんしょううおの姿はみえないが、この森の渓流に生きていることを想像するだけで、ゆったりした時間を感じる。
大さんしょううおは、川底の石や淵の岩と同じ色になって、生き続ける。陸に生きるいきものに対しても、いばったり、同情したり、からかったり、ひそかに見届け、知りつくして、なお生きる(と思う)。孤独に耐えて、孤独を愛する長寿ものである。
この日、天平山に着いてから、夕方までの時間、村をながれる小川を、遡っていった。チュィ先生と私と、ユィくんという男の子がひとり。
数十分上ったところに、私たちは、大きな岩がいくつかどっしり坐っている淵にたどりついた。「あ!娃娃魚!」
岩のひとつが、まるで私の中に生きている大さんしょううおの顔なのだ。
チュィ先生は笑って、さっそくきれいな葉っぱの枝を数本採ってきて、大さんしょううおの口に飾ってくれた。
ユィくんは、いつの間にか、彼の両手ぐらいもある黒いカエル(‘黒蛙’)を草でしっかりしばって持ち歩いていた。てっきり、蛙と遊んでいると考えていたが、夜になって食事が半分終わったころに、スープの実が、カボチャの葉と黒カエルであることを知った。
天平山小学校は、桑植県でも、一番小規模学校の1つだと思われたので、クレパスのかけらも全色、画用紙四つ切り横半分ひとり数枚、そのほか、のり、はさみ、新聞紙などを用意した。ユィ先生は、遠くからきてくれる絵本好きのおばあさんを、迎えるために、休日だったので就学前の子どもや、卒業生にも連絡してくれていた。
教室には、2歳のグアンちゃんから、13・4歳の中学生まで、10人ほどの、家族のような集団があった。ここで1泊することで、自然のサイクルを身体に受けて生きる子どもたちを、身近に感じることができた。
思った通り、天平山の子どもたちは、大さんしょううおにすぐ興味を示した。見たことはないが、父母や村人からも聞いたことがある。さすがに食べた者はいなかった。
「あの川淵に、‘娃娃魚’の顔そっくりの岩があるよ。」と言うと、みんなが「ああ、あれか。知ってる!」とよろこんだ。
「そう思って見れば、そう見える!」
持って行った絵本への集中力もすごい。ユィ先生の娘、グアンちゃんが、いつの間にか、中にいて、彼女がたいくつしそうになると、近くにいるものが、厳しい顔で、注意する。グアンちゃんは、神妙にきいて、自分で外へ出た。
パオくんは、すばしこい。朝夕、下の弟を背負ってやさしくあやす以外は、全ての動作が、パキパキしている。
クレパスも、のりもはさみも、いち早く、使いこなす。日本から持って行った新聞紙にも興味を示した。そこに載っていた、大きな真赤なカニ販売広告を生かして、ざくっざくっ、大さんしょううおを切り抜き、四つ切り横2分の1の画用紙いっぱいに、泳がせた。数分で1枚完成!
昨日黒カエルを、ごちそうしてくれた、ユィくんは、どれだけ長い時間、じっくり熟考
したことだろう。彼の中には、山や川や、
祠
のようなものが登場する、長編の物語が、
生まれたようである。ゆっくり満足して描く。外へ出て息抜きもしない。
周りで、子どもたちが、どんなに騒ごうと、ほかの話をしようと、乱されず、描き続けた。
私には、彼が描いたのが、学校の庭続きにある土神さんの祠のように思えて、1メートル四方もないような、祠の中では、近くの小川と通じており、仲睦まじく、村人の願いを聞いてきた、土神さん夫婦と大さんしょううおの接点を想像した。
そこで、彼の川に、1年生が、これもゆっくり描いたさんしょううおを泳がせてみた。
土地神の歴史は古くて、庶民的である。中国の名所旧跡として残る、城隍廟などは神々の官僚機構の上に君臨するが、土地神は、その一番下っぱを引き受ける。(呆報116・128号)中国で目にする初めての土地神であったので、感激すると同時に、ここなら、さんしょううおなどと共に
安穏
に暮らせるだろうと、思った。このときの、子どもたちによって描かれた絵は、どれも面白く、これらをつなぎ合わせると、物語も果てしなく広がった。
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