toppage 学校日記 「(10)  雨の日の山道」

 

(10) 雨の日の山道

雨の日は、山道が滑るので、遅刻になりやすい。遅刻でもいい。何事もなく来てくれれば!山道は、雨の後もしばらくは滑りやすいのだ。

 一番遠くの山道を通うのは、6歳のホワちゃん。滑るから、ゆっくりね!みんながそう願うが、ホワちゃんは、早く学校へ行きたい。

 教室での勉強が少しも前へ進まなくなったのは、ホワちゃんの事を心配し始めたからだ。

 ホワちゃんは、今どのあたりかしら?休まない子だからどこかで、困ってるんじゃないかしら?

 数年前、今の三梁徨村小学校の、放課後の教室で、私は、ヨウリンにこの時の話を聞いた。つらい出来事の1つである。彼女は、話そうとして、さきに涙ぐんだ。涙は止まらず、咽び泣きが、しばらく続いた。私は黙って、しばらく、彼女の気持ちがおさまるのを待った。当時の事は、ずっとなまなましく、脳裏に刻まれているようだ。

 ホワちゃんが、しっかり肩にかけた、布カバンには、勉強用具のほかに、ガラスの空き瓶に詰めた昼ごはんが入っていた。下り山道はとくに滑りやすい。この日、みんなの心配が的中した。ホワちゃんは、急な下り坂で、ひっくりかえってしまった。その上、運悪く、布カバンから飛び出したガラス瓶が、山石に当たって壊れ、そのガラスで、あちこち切ってしまった。

 この日、ホワちゃんは、雨にぬれないよう、ズボンを膝まで巻き上げていたので、ガラスのかけらが ( すね ) にささり、彼女は、泣き泣き自分で引き抜いて、ズボンを下ろしたが、出血はズボンをもべっとり汚した。

 教室のヨウリンは、もう勉強どころではなくなって、ドアを出たり入ったり、じっとしてはいられない。どのくらいたったろうか。ホワちゃんが、ゆっくりゆっくりこちらへやってくるのが目に入った。顔は、涙と血にまみれ、 ( すね ) からの出血は、まだ止まっていなかった。 ホワちゃんは、勉強用具の入ったカバンだけは、しっかり胸に抱え、全身泥まみれ、ヨウリンに抱きとめられると、わっと泣き出した。

「どうしよう。」

ヨウリンは、決断しなければならない。

 張り裂けそうな胸を押さえて、この子を医者に見せなくちゃと思った。この村から、一番近い医院へは、山道約10キロ余りである。ホワちゃんを背負って、雨の中を、彼女は、必死に急いだ。

 雨をついて、ずぶぬれでやって来た2人を見て、医者はびっくりした。

「この子の姉ちゃんか。」

ヨウリンは、黙ってうなずいた。

ガラスで切った出血は多くて、まわりを心配させたが、たいしたこともなく、手当てをすませたころは、雨も上がり、午後の日も傾きはじめていた。

 帰り道、ヨウリンとホワちゃんは、幸せだった。

「先生、大好き。お母ちゃんより好き。」

背中のホワちゃんが言う。

 ちょうどヨウリンが、1年生に入学した頃、大好きなポン先生がお見舞いに来てくれて、病気がすっかり治ったような、あの不思議な体験が、彼女に甦ってきた。

「ホワちゃんは、あの時の私と同じかもしれない。」

中国では、医療保険もなく、医療費がすごく高いとよく聞く。医者は、患者を目の前にして、まずお金を用意できるかを確かめる。ない時は、診療を、断るというのである。

 ホワちゃんを背負った、ずぶぬれの二人を見た時、医者は、家族かどうかを確かめたのは、支払いの責任を考えてのことかもしれない。

「全部あなたが支払ったのね。」

「私の給料では足りなくて、分割で……」

「あとで、ホワちゃんの家から返してもらった?」

「そんなお金、ホワちゃん ( ) にあるものですか。」

 ヨウリンが、とっさの事故で、判断しなければならないのは、子どものいのちは、もちろん一番大切であるが、そのときの他の学生や、事故のあとの経済責任もふくめて、決断しなければならなかったのである。

 ホワちゃんを背負って出発する前、みんなには、気をつけて家へ帰るように言ったというが、こんな時、やはり頼もしい「仙人」の後輩たちは、「だいじょうぶ。先生たちこそ気をつけてね。」といって、送り出してくれたのでは、ないだろうか。