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また二番目に試みたことは先生の教授法の改善を促すことであった。口でいくらしゃべっても教授法が変わらなければ全く効果がないので、単純なことを実践することにした。それは教師と生徒で、口承伝統を生かした双方向性のおもしろさをもつ紙芝居の制作であった。
絵本の中で人気のあった「ティンティンとトゥントゥン」という二羽の小鳥の物語と、「一本の木」という植林の物語を、フルカラーで十二枚の紙芝居にし、木製の舞台を千部製作した。特に小鳥の物語は主人公の名前が子どもたちのお気に入りで、学校によっては何十回、何百回となく上演されている。「二羽の小鳥が出会って結婚し、困難な状況に遭遇しながらも子どもたちを育てあげ、やがて元気に巣立っていく。」という単純な物語であるが、日本の家族と比べると家族の絆が非常に強いパキスタンだけに、家族のテーマには人気が集まったが、特に二羽の小鳥が初めて出会って、彼ら自身の意思で結婚をするという個所が気に入ったようだった。というのはパキスタンでは、現在でも九割以上が見合い結婚―つまり結婚とは家同士の絆や結びつきを確認するといったものであるだけに、小鳥の自由さが大いに受けたのだ。
しかし再び、識字委員会の関係者は、「この物語は我々の結婚の習慣とは異なったことを教えている。子どもたちの教育上ふさわしくない。とんでもない。」としきりに強調したが、この紙芝居を見て喜ぶ子どもたちや教師たちの声にかき消されて沈黙してしまった。なにか新しいことを始めると、必ずこうした反対者が現れてくる。それは文化や伝統を隠れ蓑にしながら、かれらは力をもち既得権を守るために、変化をおそれ、自由な人間の精神の広がりを強く警戒しているのだ。
紙芝居のように演劇性をともなった識字教育を推進してみて、これまでの文字を中心にした文化だけではなく、音や絵や動作など人間を豊かにするすべてのコミュニケーションを通じて多様に行うことは、子どもたちの感動の幅を豊かにすることを痛感した。特にイスラム社会のようにイラストで動物などを表現することが比較的少ない世界では、語りと絵を結びつけた紙芝居は実に有効な手段だと思えた。子どもたちは、おもしろいものには文句なしに集まってくる。これは人間の生きる本性でもある
私はACCUに入った一九七七年に三作の紙芝居(インド,ビルマ、日本の昔話)の制作を担当し、アジアに広く配布したことがある。それ以来、バングラデシュやネパール、タイ、モンゴルなどで識字紙芝居の製作を推進し、この経験がその後、ベトナム、ラオスでの紙芝居の製作を交えた識字や図書のワークショップに?がっていって、これらの国々に大きな刺激を与えることにもなった経験があった。
子どもたちが紙芝居を見て喜ぶ姿を見て、教師たちは驚いた。「なぜ子どもたちがあのように生き生きした表情をするのか。」 とにかくおもしろかったのである。教育の現場におもしろさが必要なのだ。感動やおもしろさが敵になっている。しかし実感をともなわない感動は子どものなにも育てていないことにつながっている。頭の訓練から体全体の感動が必要なのだ。
また北西辺境州で進行している森林伐採をテーマにした物語「最初の一本の木」の紙芝居では、この物語の上演が終わると、子どもたちが「先生!植林しよう。学校に植林しよう!」と先生にさかんに植林を催促したとのことで、いくつかの学校では実際に植林された現場を見たこともある。子どもたちにとって植林とは、単なる知識や情報ではない。自然や人々の生きる姿勢を実感的に学びながらも、現実に人々が苦しんでいる環境破壊の流れをどうやって変えてゆくか厳しい生活への熾烈な問いかけでもある。
毎年襲ってくる激しい旱魃で田畑が干上がって、困窮を極める両親を身近に見る子どもたちには、知識を越えて現実に実行することの大切さを感じている。それは子どもにとっても生死をかけた重大なテーマだったに違いない。
かつて私はパプア・ニューギニアでインドの著名な画家であるA・ラマチャンドラン氏と一緒に紙芝居を作ったことがある。人口増加のために環境が破壊され、マラリアが多数発生している地域で、マラリア撲滅のための物語をパプアニューギニアの語りをもとに制作したのだった。これは大成功であった。パプアニューギニアの独特の文化を背景に、西洋のものではないパプア・ニューギニア独自の白黒色の表現様式を使いながら、マラリア国に住んでいる女王の蚊を主人公にしたおもしろいストーリーで、絵を見るすべての人々を笑わせた。そしてマラリアについて大きな関心を巻き起こした。物語ではその土地に依拠した土俗的・文化的な価値と教育的な価値を楽しく効果的に統合しながら、教訓じみていないおもしろくておかしい内容を目指したのが成功した秘訣だったのだろう。
アジア地域で識字教材の制作を行ってきた経験をもとに、教材が成功する三条件として考えると、
第一に理解しやすい言葉で書かれており、わかりやすいこと、
第二におもしろくて視覚的で想像性をもって表現されていること、
第三に実際の生活に具体的に役立つ知識
ではないかと思っている。
そして人々の二―ズや感性を確実に理解していることが必要だ。現在の日本のように学習指導要領でがんじがらめで先生を縛ってしまうところには、教える喜びも学ぶ喜びも存在していないのではないか。紙芝居の発想とは実に自由な想像を通じて、子どもたちの世界に自由なコミュニケーションを作ることを意味している。
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