toppage essays 「龍と『さ』という名の神様」

 
「龍と『さ』という名の神様」

 昔、天の神々は実り豊かな美しい楽園を地上に創り、いろいろな動物たちを 一緒に住ませておりました。
 そんなある日のこと。一風変わった耳なしウサギがやって来て、
「ぼくも一緒に住ませてください。」
と頼んだのです。
 ところが、楽園のウサギたちは、
「ヒョコヒョコ歩く変な奴。ダメだ、ダメだ。おまえのような、おかしなウサギとは一緒に住めぬ。」
と言って、追い出してしまいました。

 居場所もなければ、友達もいない耳なしウサギ。食べるものさえ、ありません。みんなに追い払われながら、山をガリゴリ、雲をムシャムシャ。
「いたたたっ…。」
急にお腹が痛くなった耳なしウサギ。シューシューと、蒸気機関車のように煙を吐きながら跳びはね始めました。
 どのくらい悶え苦しんだのでしょうか。気がつくと、耳なしウサギは巨大な龍と化し、お腹の痛さのあまり怒り狂って暴れるようになっていたのです。
 今では太陽までもが姿を消して、楽園は暗闇に浮かぶ地獄となってしまいました。
「もう我慢ならねえ! こうなったら戦だ!あいつにやられる前に、やっつけちまえ!」
ついに堪忍袋の緒が切れた動物たち。ウサギやシカ、それに小鳥までもが槍や弓矢を手に、楽園で一番高い丘の上に行くと、大きな枯れ木のそばで龍を待ち伏せました。



 そこへ突然、雷雨と共に恐ろしい怒鳴り声が−龍です。
「それっ!」
龍に向かって一斉に打ち放たれる、たくさんの弓矢。

 一方、天の神様たちは、地上で動物たちが争っていることに腹を立て、
「この楽園は失敗だ。全てを消し去ってしまおう。」
と話し合っておりました。
「なんとかしなくては…。」
そう思ったのは、楽園の草花に息吹を与えてきた、『さ』と呼ばれる女の神様。
 心優しい『さ』は、他の神々に気づかれぬよう、こっそり天女の衣をまとって光とともに地上へ舞い降りると、龍と動物たちが戦っている枯れ木の下に姿を現したのです。ふぁ、と一斉に咲く神の吐息のような愛色の花。あまりにも美しい神の姿に、龍と動物たちは我を忘れて見惚れるばかり。
 『さ』は、おとなしくなった龍の頭を、まるで子猫を扱うように優しく撫でてやりました。すると、どうしたことでしょう。龍の口から大きな丸い光の玉が飛び出して、ゴットンゴロリンと地面に転がったのです。その途端、龍は元の耳なしウサギになりました。

 驚くのもつかの間。丁度その時、天にいる他の神々が地上に降りた『さ』に気づいて、烈火のごとく怒り初めてしまいました。たちまち地上には強風が吹き荒れて、今すぐ天へ戻るよう伝えたのです。
「どうか地上に残って、ぼくたちと一緒に暮らしてください。」
と、『さ』に頼む耳なしウサギ。けれどもそれは叶わぬ願い。そこで『さ』は、木から落ちてきた一枚の花びらを両手で包み、ふっと息を吹きかけました。これぞまさしく神のなせる技。瞬く間に花びらは朝露のように輝く乳飲み子になったのです。
 その赤ん坊を耳なしウサギの腕に抱かせると、みんなが引き止めるまもなく、『さ』は、ぱっと舞い散る満開の花と共に天へと帰っていきました。
後の暗闇に響く、柔らかい『さ』 の声。風の音にもみ消されて、何を伝えているのか聞き取ることはできません。

 間もなくして、地面に転がっていた光の玉 が暗闇のなかを空高く昇ると、ぱっと輝く太 陽になり、元の美しい楽園になりました。実は、楽園を追い出されて食べるものに困った 耳なしウサギは、お腹がすいたあまり、うっかり間違って太陽を食べてしまっていたのです。
 これにはみんな、大笑い。『さ』のおかげで楽園は救われたと喜びました。

 その後、耳なしウサギと楽園のみんなは協 力しあって赤子を育て、いつまでも一緒に仲良く暮らしました。
 『さ』は子供に会いに来るのでしょう…。 毎年春になると、丘の上の枯れ木には、あのときと同じ淡い愛色の花が咲くようになりました。その木は、『さ』という名の神様が舞 い降りる『座』ということから、『さくら』 と呼ばれるようになったということです。

鎌田裕子