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時々、おなかがすくと、「おばあちゃんのシュウマイが食べたいなあ」と思う。
昔、ロンドンに住んでいる姉のところにしばらく居候をしていたことがある。
姉の結婚相手は、背の高い香港架橋の中国人で、そのころは繁華街にある中華料理店に勤めていた。彼のお母さんも、とてもお料理が上手で、わたしたちは毎日手料理を食べて暮らしていた。姉の一番目の子どもがまだ三歳くらいだったろうか。おなかをすかせたわたしたちのおやつに、おばあちゃんは、たまにシュウマイをつくってくれた。豚肉だったり、海老が入っていたり、野菜だったり。蒸かしたてのシュウマイを口に入れると、ぎゅっと身がつまっているのに口の中でほろほろとほどけるのだ。お酢とお醤油をほんの少したらして食べると、香りがよくてとてもおいしい。
食べるたびに、「おいしい、おいしい」とわたしが言うので、いつのまにかおばあちゃんは、シュウマイのお皿を持ってくるたびに、「オイシイ、オイシイ」と言うようになった。英国に移住してきてもう何十年も経つのに、彼女は英語を話さない。それは、意志的にも思えるほどで、わたしは、彼女が英語の単語を口にするのを一度も聞いたことがない。なのに、わたしが話す日本語は、たちまち覚えてしまうのだ。「オイシイ?」という彼女に、「美味しい」と、真面目な顔でわたしは頷く。すると彼女はにっこり笑って、もっと食べなさい、と広東語で言うのだった。
「何か、イギリスに来たばかりの頃ね、辛いことがあったに違いないと思うんだよね。」 彼女が英語を話さない理由を尋ねたら、姉はこう答えた。 「もう、英語を覚えるのはやめよう、と決心したんだと思うよ。」 それを聞いたとき、ちくりと胸のどこかが痛んだ。でも、どこが痛かったかは、よく分からなかった。彼女は、字も書けないし、読めなかった。 英語を話さない、字も読めない、それでは、随分生活は大変になるだろう、とナイーブにもわたしは思う。なのに、彼女が市場で買ってくる鶏は、家族のほかの誰が買うより、美味しいのだ。シュウマイも、はちみつを塗って焼く鶏料理も、漢方薬がたくさん入ったスープも、彼女が作ると、なにより美味しい。 香港からイギリスへやってきたタイミング。そこで起きた出来事。どんな彼女のものがたりがそこにあったのか、わたしはまだ、知らない。
おばあちゃん、お散歩行ってくる、と、わたしが言うと、「サンポ?」わかった、と頷く彼女の顔を思い出す。 おばあちゃんのシュウマイが食べたいなあ、と思いながら、彼女に手紙が書けたらいいのに、と思ったりしている。
(速水 桃子)
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