秋になって車に轢かれた小動物を良く見るようになった。タヌキが一番多く、イタチ、テンなど。縞模様の消えて親離れしたらしい猪が道を駆け抜けるのも何度か見た。冬を前に餌を求めて活発に活動するために高速で走行する自動車と衝突する機会が増えるのだろう。11月は狩猟の解禁月でありケモノにとっては受難の季節でもある。
猪と熊の解体とテンの捕殺を見たことがあるが猟師の手際はじつに見事で、それを実現する動物の特徴や生態の知識、利用の技術の確かさには驚嘆すべきものがあった。こうして皮や食料を得てきた狩猟採取の生活が何千年、何万年と続いてきたのが想像できる。
今年は熊の出没が日本各地で多くニュースにも取り上げられていたが、村でも栗、柿、和蜂を食べに出没し、保護動物ではあるが害獣駆除ということで10頭ほどが捕殺されている。西中国山地全体では100頭以上は駆除されたのではないだろうか。
我家の柿の木も4夜連続で襲われて実は食べ尽くされてしまい、太い枝まで折られているので数年は収穫が期待できないといわれた。和蜂の場合は蜜だけでなく蜂まで食べるので蜂群の回復には時間がかかる。このように農産被害は数年に渡るため農家の怒りも大きい。種の保存からいうと危機的状況であり保護動物であるが、それまでは熊猟も行われていて熊の胆、肉、毛皮を利用してきた歴史もある。西中国山地では東北のマタギのようなしきたりはないようだが、熊は2足で立てる手足、姿と強力な力があり、アイヌの人々が神と呼ぶように熊が身近にあればあるほど存在感の大きさを感じ、それに対する儀礼が行われたのだろう。
里への熊の出没は台風で山に餌が少なかった影響といわれるが、放棄された耕地が植林や原野化し、里山が利用されずに荒廃したために獣のテリトリーが広がったことも背景とされ、保護か駆除かを超えて総合的な対策も議論され始めている。
山を糧とすることや生活の場とする事がなくなってきたことは経済活動の変化ばかりでなく、文化の変容をもたらし、狩猟にしても自給自足的必要性が少なくなるに従ってスポーツ化しているのか、殺生を嫌い鉄砲を置いた猟師もいる。狩猟環境の変化の上に動物愛護の学校教育と宗教の教義などからストレスを感じているのだろう。
山の自然全体の知識や技術が忘れられ、狩猟が害獣駆除やスポーツといった側面だけで行われるとすれば一面的で普遍性を失っていくことになる。文化に立脚した技術であるヒューマンリテラシーとして、狩猟のあり方も考えていかなければならない時代になっている。
亥子祭は農作物の豊作を祝い、子の成長を祈る祭として亥の月(旧暦10月)に全国で行われているというが、この時期に駆け抜けていく猪子を見ていると循環する新たな生命の誕生を喜び、豊猟を祈ったのに起源するのではないかと思えてくる。古代の自然豊かな環境では文化への狩猟の影響が色濃くあったのではないか。山村の変容の中で新たなヒューマンリテラシーのあり方を考えさせられている。
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